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- 2023年5月15日
【Event Report】(前編)「始動人マインド」~バックキャスト思考で描く自分の未来~
この記事は【Event Report】(後編)「始動人マインド」~バックキャスト思考で描く自分の未来~に続きます。よろしければ是非後編も御覧ください。
概要
2023年2月26日(日)13時30分〜16時、群馬県庁32階官民共創スペースNETSUGENにて、新・群馬県総合計画普及啓発イベント「始動人マインド〜バックキャスト思考で描く自分の未来〜」を開催しました。
はじめに、群馬県が2040年に目指す姿とビジョン実現に向けたキーワードなど群馬県の取組の方向性をご紹介した後、第1部ではビジョンのキーワードである「始動人」と言えるゲスト講師から「自ら考え新たな領域で動き出す」ヒントを学びました。
当日の様子を①動画レポートと②テキストレポートでご紹介します。
新・群馬県総合計画の概要は、VISIONページ・動画ページの「5分でわかる!新・群馬県総合計画の紹介」動画をご覧ください。
①動画レポート(Youtube公式「tsulunos」チャンネル掲載)
②テキストレポート
1部 テーマトーク 「自分の好き・得意を活かして、夢をかたちにする 〜原体験から紐解くアクションプラン〜」(村上采 氏)
PART01 村上采さんについて、そして采さんが原体験から学んだこと
●自己紹介
村上:現在私は株式会社Ay(アイ)の代表であり、慶応義塾大学の4年生でもあります。簡単な自己紹介としては、高校時にアメリカ留学を1年、そこで海外での教育の違いに触れたり、様々な国の人々との出会いの中から文化的活動を行ったりしてきました。大学では「教育から取り組むソーシャルトランスフォーメーション」をテーマに、地域に自分たちで入っていって、その地域を現地の人とより良くするという活動をしていました。大学2年生の時に、アフリカのコンゴ民主共和国に行って、ブランドを立ち上げるということになりました。その後、地元伊勢崎市で「銘仙」という着物をアップサイクルしたブランドを運営している、というところになります。
●私が今挑戦していること
村上:私は24歳で、何に挑戦しているかお話します。「日常に着る工芸」をコンセプトにしていて、会社として掲げているミッションは「文化を織りなおす」です。祖先がつないでくれた日本文化と向き合って、株式会社Ayを通して新しい価値を添え、発信していく。そういう、カルチャーブランドを目指して、挑戦を続けています。
●伊勢崎銘仙について
村上:皆さん「銘仙」ってご存じですか?銘仙とは、明治から昭和初期にかけて北関東を中心に生産された、普段着の着物になります。素材はシルク100%で、モダンなテキスタイルが特徴です。着物とぱっと見分からないくらい鮮やかでモダンな柄がたくさんあります。私が一番魅力的だなと思っていることが「普段着」だということです。庶民の人が日常に着ていた着物なんです。現在でいうTシャツやジーンズのような感じでしょうか。
●原体験からの学び#01「豊かさは身近にあった」
村上:少し私の原体験を振り返れればと思います。13歳(中学2年生)の時に銘仙と出会いました。地元・伊勢崎の中学校の「総合」の授業で、銘仙について学んだ時に「自分の地元にこんなに可愛い着物があったんだ!」と衝撃を受けたことを今でも覚えています。
そこから、授業から派生する活動に参加するようになって、富岡製糸場が世界遺産に登録された時に、銀座で伊勢崎銘仙を着て歩くというイベントに参加したこともあります。
この時「豊かさは身近にあった」と思いました。
それまでは、地元が身近すぎて知らなかったり、「地元には何もない」と思ってしまっていて、早く地元を出て東京や海外に行きたいという反骨精神もありました。でも、ふと目を向ければ「伊勢崎銘仙」という素晴らしいものがありました。
皆さんも「地元には何もない」と思うことがあるかもしれませんが、是非、地元や身近に何かないかアンテナを立てて探して欲しいなと思います。
●原体験からの学び#02「自分の意見を発信すること」
村上:15歳の時、アメリカのミネソタ州に1年留学をしました。現地の高校への交換留学だったので、高校内での人種のヒエラルキーを肌で感じました。黒人や私のようなアジア人への偏見もみられました。英語もおぼつかない時期の孤独もあったのですが、それを打破したのは「伊勢崎銘仙」でした。着物を着ることでコミュニケーションが生まれたり、文化やアイデンティティへの理解が深まり、何回か着物を着るイベントを行ったりしました。
そこから学んだのは「自分の意見を発信すること」がすごく大事だということです。
当時の自分を振り返ると、中学・高校では「普通でなければいけない」という暗黙のルールがあった気がします。自分の意見を言っても跳ね返される経験があったので、言わないようにしていたら、意見がなくなっちゃたんです。留学に行って、そんな自分は間違っていたな、と気付きました。
周りに反対やマイナス意見を持たれても自分の意見は持つべきだし、発信することでそのあとの道や世界が広がるということを学びました。
自分の意見を発信するためにすることは、自分の意見を持つこと。意見を持つためにすることは、自分の頭で考えること。考えて、リサーチして、周りの意見を聞きながら、自分の意見が確立されるんだと思います。
●原体験からの学び#03「進む道を正解にする」
村上:帰国後、壮絶な受験勉強を経て、慶應義塾大学に入学。長谷部葉子研究会というゼミに所属しました。
その中で「コンゴプロジェクト」というアフリカに行って教育的な活動をする取組に参加しました。一方で150人規模のダンスサークルに入り充実した時間を過ごしました。
この大学生活で学んだことは「進む道を正解にする」ということです。
実は、国立大学に行きたかったのですが、不合格になってしまいました。当時はショックで辛かったのですが、今は慶應義塾大学に進学して本当に良かったなと思っています。受験勉強で身につけた忍耐力は起業した今も役に立っていますし、起業へつながったのは今の大学だったからだと思います。
なので皆さんも、思うようにならない事があったとしても、自分が進む道を正解にしていって欲しいなと思っています。
●原体験からの学び#04「社会課題に取り組む活動を」
村上:大学のゼミで、19歳でアフリカのコンゴ民主共和国に行きました。2019年3月が初めての渡航でした。ゼミの活動としてはコンゴの日本大使館と日本語のスピーチコンテストを運営する等のプロジェクト推進でした。一方、個人的な活動としてやっていたことが、伊勢崎銘仙の着物を15着くらい持っていって、コンゴの人たちと着て、意見や文化を交換することでした。
この時思ったのが「コンゴの方に銘仙がめちゃくちゃ似合う」ということでした。次第に文化交流だけでなく持続可能な形にしたい、長期的に関わりたいと思い、現地のNGOと協業して、アフリカの布を使った日本向けのアパレルを生産して日本で売るというプロジェクトを立ち上げました。
アフリカのカラフルなコットンの布を現地で調達して、現地の皆さんと一緒に作りました。その後日本に持ち帰って販売するということをしました。協業した現地のNGOはシングルマザーやストリートキッズに職業訓練を行っている信頼の置ける団体だったのでやろう!と決めました。
ここから得た教訓としては「社会課題に取り組む活動を」自分はやりたいな、ということです。やりたいことはたくさんあるのですが、ただやるだけではなく、誰かに必要とされていることをやりたいと私は強く感じました。
実際にコンゴに行って現地の課題を肌で感じたからかなと思います。コンゴではたとえ立派な大学を出ても現地では職がありません。雇用先がないので若い人たちは、例えば今日1日生きるための、現金を生み出すという生活をしています。しかし、現地の人はそれをポジティブに捉えていました。だからこそ、ここからより良くしたいし、若い人でビジネスを立ち上げたいという思いが強かったりします。そういった姿勢に私もインスパイアされて、自分自身も「自分がやりたいこと、社会に必要とされる事をやりたい」と思うようになりました。
●原体験からの学び#05 「肌で感じ、課題解決方法を探し、ビジネスとして持続性を持たせる」
村上:ビジネスがなぜ大切かというと、私が2019年3月にコンゴに行った時、渡航費はアルバイト代と知人にクラウドファンディングで支援をしてもらうという方法をとりましたが、負担が大きかったんです。コンゴに行くのに40万円くらい掛かってしまうのをアルバイトでまかなうのは苦しいし持続可能じゃないと思いました。
それをどう解決しようかと思い「現地でプロダクトを作って、売って、そのお金でまたコンゴに行けばいいな!」ということを考えました。なので、3月に売って得たお金で、また10月に渡航ができるということで、2回行きました。
ビジネスとしてやることで自分も苦しくない、コンゴの人にも仕事が生まれる、そういった双方に良い関係やシステムが大事かなと思っています。
●原体験の続き、そして現在まで
村上:その中で、2020年3月コロナ禍になりました。当時私はコンゴで服を作って、ブランドを大きくしていきたいという意気込みを持っていたのですが、環境にはあらがえず国境もふさがれて、行くことも輸出も難しい状況になってしまいました。
どうすれば良いのか分からなくなり、気を病む時期もありました。一人暮らしの孤独感もあり、群馬に帰省することにしました。そこでこれからの将来やビジネスについて考えているうちに「アフリカだけじゃないんだな」と思い始めました。私は元々、地元伊勢崎の銘仙という文化を発信していたな、と立ち返ることができました。
伊勢崎銘仙について改めてリサーチしていると「もう誰もつくれない」ということを知りました。誰もつくれないけれど着物自体は流通しています。とはいえ、着物は私自身普段は着ません。そこで私が立ち上げたブランドでは「アップサイクル」ということをしています。
「アップサイクル」とはエネルギー排出量の少ないサステナブルな手法として注目されているのですが、私が良いなと思う所は、着物のままだと忘れ去られたり衰退してしまうかもしれないものを、新しい価値や用途を添えて、私たちが日常に取り入れられるようになる所です。
私がしていることは、今あるヴィンテージ(古い)着物をアップサイクルし、新しい服としてお届けしています。
サステナブルな取組も当初から取り入れています。例えば、使用済みペットボトルからマテリアルリサイクルされた布と、シルクの銘仙をドッキングしたり、オーガニックコットンと銘仙を使った取組などです。
このように「文化を織りなおす」というミッションのもとに、事業やブランドを展開していきたいなと思っています。
「銘仙を現代技術で復刻させたい」という夢もあります。銘仙自体はもう作れないのですが、今の技術で株式会社Ayのオリジナルで作っていきたいと思っています。その始めの一歩として、銘仙の紋様をアーカイブして広めていくことも始めています。銘仙の特徴でもある絣を表現した組子細工のイヤリングなど、和室の減少とともに衰退した組子という内装に使う技法とコラボした活動も行っています。また、地元伊勢崎の企業と銘仙の柄をプリントした眼鏡ふきを作ったり、銘仙茶というお茶を提案したりしています。
このような企業とのコラボレーションや事業の中で「新しい価値を創造して、持続可能な地域づくりをしていきたい」と強く思っています。
Ayというブランドの成長とともに、群馬の魅力も世界に発信していけるようになりたい、そういう力を持てるようになっていきたいと思っています。
そしてコラボレーションやタッグを組んで私ができない専門性を取り入れることで、さらに伊勢崎銘仙を広められたり新しい文化が生まれてくるのかなと思います。
PART02 村上采さんがやってきた行動
村上:ここからは私が実際にやってきた行動についてお話します。
●インプットとアウトプット
- インプット
村上:学生時代は神奈川と東京をベースに活動していたのですが、気になる活動や人がいればすぐコンタクトを取って、とれない場合はその場に行く、という行動をしていました。それから、勉強は大変で最近もできていないのですが、とても大切だと思います。例えば本を読むこと。ブランド立ち上げ時も分からない事だらけだったのでそういう分野の本をたくさん読んでいました。
- アウトプット
村上:インプットした情報をそのままにしないで、情報を解釈して、自分の夢ややりたいことに対してどう使えるか処理していく。例えば、「銘仙を使った服を作りたい」ということのアウトプットはミシンで実際に縫ってみるとか。それを持って人に会いに行って意見を聞きました。
さらに、対面での発信も大切ですが、SNSなど駆使した方が世界は広がるのかなと思っています。
皆さんへ伝えたいこと3つ
村上:そして皆さんにお伝えしたい事が3つあります
1「やりたい」をやってみる
小さな挑戦を積み重ねていくことが大切だと思っています。学校でも+αで課外活動があると思いますが、そういうことにも挑戦してみて欲しいなと思います。
やりたいことが見つからない場合はインプットが足りていない状態かなと思います。例えば、服を作ってみたいとなった時に1回服を作ってみると、好き嫌いや、苦手得意がよく分かります。そういった体験、やってみて分かる事がとてもたくさんあるので、それを繰り返すと自分が行きたい道や、何がしたいか、得意かが分かるようになると思います。私が服を作った時は、壊滅的にできなかったので、職人さんにはなれないけれど、部門の間をつなげて生産の流れを作ることは得意なんだと分かりました。
やりたいことがある人は、是非やってみて、その中でさらに得意・不得意を見つけたり方向性を定めていけたら良いと思います。いずれそれらの経験が自信となり、成果につながると思います。
2 チャンスを見つけるためのアンテナを高く
機会をゲットするためには、情報を集めないといけません。そして、ゲットした情報をどう使うかは皆さん次第です。是非、見逃さないように気をつけて欲しいなと思います。
私がアンテナを高くして良かったなと思うのは、高校1年生の時にアメリカのミネソタ州に留学をしたことです。きっかけは、校内に貼られた1枚のA4サイズのチラシをたまたま見つけられたことでした。ちょっとした壁紙や、先生が言う情報はしっかり見聞きしていた方が良いのかなと思います。
3 社会に目を向ける
これからの時代は、社会のためにならないものは減少していき、社会や人のためになる事業が主流になっていく気がしています。なので、社会で今何が必要とされているかというのを考える必要があると思います。
私の場合、群馬県伊勢崎市では伊勢崎銘仙が衰退してしまいましたが、若い人で新しいことをする人が、私の前までいなかったそうなんです。そういう伊勢崎の状況を、いろいろな人にお話を聞く中で「地域の文化を後世に残していきたい」という思いがあることを発見しました。
そこで、私がアフリカでアパレルを作っていたという経験が、伊勢崎銘仙に生かせるんじゃないかと思い、地域の需要と私ができる事を掛け合わせて、今、このような形にしています。
また、自分がやりたいことをアウトプットした時、どういう人の力やためになるのか考えるのが大切かなと思います。
私の服が売れた時、お客様はファッションとして喜んでくれると思います。一方、地域の人は地元の銘仙が新しい形として後世に生きることを喜んでくれると思います。なので、いろいろな視点で、どういう人がどういう思いをするのかを考えると、ソーシャルビジネスや社会課題を解決することにつながると思います。
●終わりに
皆さんの挑戦を私は応援しています。
私が群馬に帰ってきた理由の一つとして、群馬県や人が盛り上がっている事を感じましたし、今拠点としている前橋にも、デザインや建築、アパレル、いろいろな人が集まっています。なので、前橋に拠点を置くことでもっと地域とつながれると思って会社を群馬に置きました。その選択は正解だったと思っていて、私が活動する先に、地元に還元できる事がすごくやりがいになっていますし、皆さんが私の話を聞いてこれからどうやって学校生活を送るのか、その先にどういうことをしていきたいのか、ということに関われることも光栄に感じています。
なので、是非群馬でいろいろな活動をして欲しいなと思っています。
以上です、ありがとうございました。
後編に続きます→【Event Report】(後編)「始動人マインド」~バックキャスト思考で描く自分の未来~
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